【政治】出入国管理法の改正案に潜む危険性について【警告】

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【政治】出入国管理法の改正案に潜む危険性について【警告】

 

今まで、政治関連にはなるべく口出すのはやめておこうと思っていたのですけど
もう、
そういう段階じゃなくなったので口出しします

 

 

 

【政治】出入国管理法の改正案に潜む危険性について【警告】

 

こんにちは、こんばんは
エビシャコです

今回はコラムです

今まで、政治関連にはなるべく口出すのはやめておこうと思っていたのですけど
もう、
そういう段階じゃなくなったので口出しします

人命にかかわることですので

逆に言うとですね
普段は火の粉が自分にかからない限りは
よほどのことでない限りスルーしてるエビシャコが
口出しせざるを得なくなるくらい
危機的なことになっていると
ご理解ください

 

・ポル・ポト

 

難しい話に入る前に、分かりやすい例から入ります
まず、ポル・ポト氏
カンボジアで、かなり有名な方ですね
彼は農民の家に生まれ寺院で6年間を過ごし、技術学校で木工を学びフランス留学をするなど
ごく普通の人間でした
ただ、留学中に共産主義に傾倒、それは反王政派、民族主義へと発展していきます
その後、試験に失敗し奨学金を打ち切られたため帰国
祖国の独立闘争に加わりますが・・・
この時、要職に就けなかったことで恨みを抱きます
その後、カンボジア国内のベトナム人左翼活動家の引き上げの際に
クメール人民革命党の幹部になり・・・その後の動乱の中で書記長に就任
中国と北朝鮮を訪れカンボジア共産党(クメール・ルージュ)に
毛沢東思想の変形を採用します
ベトナム戦争の際のアメリカ軍のカンボジア猛爆
そして食糧危機は、彼に有利に働きました
クメール・ルージュが政権を獲り、カンボジアは虐殺の舞台へと変貌していきます
その死者数は75万とも100万とも言われていますが
どれだけの数の人々が殺されていったのか、いまだに定かではありません

彼は処刑されることどころか裁かれることもなく
1998年4月15日に心臓発作で死亡しました

 

・ヒトラーとナチス

 

もう一つ例を挙げます
アドルフ・ヒトラー
オーストリア=ハンガリー出身のごく平凡な青年だった彼は
第一次世界大戦の敗戦の混乱の中で
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の指導者になり
アーリア民族を中心に据えた人種主義と
反ユダヤ主義を掲げた政治活動を行います

ただし・・・青年期の彼は政治的ではなく
ユダヤ人の画商とも仲が良かったことがあり
第二次大戦時の面影は欠片も見られませんでした

 

転機は恐らく、彼が参加した第一次大戦でしょう
戦争に参加し生き残った彼は
「ドイツを救うこと」という使命を確信
軍の諜報機関で働いた後で政界に進出します

ドイツ労働者党に入り、一時追放されますが
追放したリーダーがクーデターで逆に追放されて
彼は戻り指導者になりました
恐らくこの時すでにドイツ労働者党の中に彼は
自らの崇拝者を作っていたのでしょう
ミュンヘン一揆で逮捕された際、自分一人に責任があると演説したため
彼の人気はさらに高まります
彼を裁くはずの立場の者が逆に彼を弁護し刑の減刑を模索するほどに
(この影響か、国外追放すら裁く側の人がそれを拒否してまで彼をドイツに残そうとする始末)

一時的に減退したナチスはしかし
世界恐慌という大混乱の中で躍進します
ヒトラーは首相に就任、独裁政権を敷きます
が、この時点ではまだ後の大虐殺の面影は全く見られませんでした
それどころか、今も残る自動車高速道路「アウトバーン」の建設
ポーランドとのぎりぎりまで粘った外交など
第二次大戦開始前から対戦初期にすら
見られません

では、いつどのような経緯で弾圧が始まったのか?
それは、なんと第二次大戦前のヒトラー政権誕生にまで遡ります
すで路上でのユダヤ人襲撃や不当な逮捕が相次いでいました
が、これに関してヒトラーがどこまで関与していたのかは
さすがに疑問です
恐らく彼の崇拝者かもともとユダヤ人を嫌う者が
ヒトラー本人の承諾なしで勝手にやってたことだと思われます

その後、ナチス宣伝大臣ゲッベルスによるユダヤ人関連の商品ボイコットが行われますが
経済の打撃こそあれど、あのホロコーストまでは命じられてはいません
その後もユダヤ関連書籍の焚書が起きますが
これもゲッベルスが勝手にやったことのようで・・・
しかも、どちらかというと弾圧は殺害よりも追放の方に重きを置いていました

初めて虐殺らしい虐殺が起きたのは1938年の11月9日の
「水晶の夜(クリスタル・ナハト)」事件
7日にパリでドイツ人外交官フォン・ラートがユダヤ人青年に狙撃されたことが発端
26,000人のユダヤ人が逮捕され強制収容所へ送られています

ですが第二次世界大戦が始まってからも「強制大量輸送」はあるものの
ユダヤ人のマダガスカル島への移送が計画されるなど
絶滅作戦とは程遠い状態でした
アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所が設立されたのは
ソ連への侵攻が開始された1941年になってからでした
この時期に初めて大々的な絶滅作戦が開始した模様です

つまり、ヒトラーが直接関与し大々的にやったのは
意外にも彼が政権を執ってからかなりの年月が
経ってからということになります
それまでは迫害こそあるものの、
その主眼はもっぱら「追放」であり
「殺害」ではありませんでした

 

・明らかになった境遇

では、本題に入りましょう

技能実習生として日本へ来た外国人労働者の方々が
信じられない低賃金と長時間労働を
強いられ、さらに行方不明者が出ていることも発覚したのは
記憶に新しいと思います

実はですね、これ
相当以前から指摘されていました
今回強く表に出てきただけで

従業員・社員を酷使し使い潰す「ブラック企業」
問題視されている昨今ですが
外国人労働者の方々も例外ではなかった
ということです
(その上「裁量労働制」が大した議論もなく可決され
その影響がじわじわ出つつあるのですが)

さすがにこれは日本の恥をさらすようなものなので
重い腰を上げるだろうと思っていました

議論の様子をニュースで見るまでは
のらりくらりと躱していい問題ではないのに
のらりくらりをしていました

つまり、「今後も変えるつもりも精査するつもりもない」と
意思表示がされたのです

 

・死者発覚

 

60人以上の外国人実習生が死亡していたことが
新たに発覚しました
うち、エビシャコが独自に調べたところ
労災認定された外国人実習生の死亡者が
4年で30人に上っているとの情報がありました
ただ、
この30人と発覚した死亡者が
どの程度重複しているのかまでは分かりません
重複していないのだとしたら
そしてさらに死者数が増えれば
下手すると100人を超えるかもしれません

「行方不明」の文字が出た時点で
エビシャコは薄々感じてはいました

恐らく表に出ていないだけで
「行方不明者」「失踪者」の中には
死者は少なくないものと思われます

 

・総理の対応

 

この、死亡者が出ているという報告に対し
現在の日本国総理である安倍総理は
笑顔で「知らなかった」とお答えになられました

これが、今回エビシャコが筆を執らざるを得なくなった
最大の理由です

愕然としました
気づいてしまいましたから
表情と態度から
その裏に隠されている本音に

これは、外国人労働者への仕打ちを肯定したに
他ならないのです
そしてその後も変えるつもりはないと
示しています

ニュースのコメンテイターの方々は
「他人事だ」と仰せでしたが
それは、幾重にもオブラートに包んだ表現でしょう

そのオブラートを剥ぎ取った表現を
敢えて使います
「外国人の人命は安い消耗品であると割り切っている」

その後の法案成立で
疑惑は確信に変わりました

 

・日本には来ないでください

 

以上の点から、外国人労働者の方々
日本には来ないでください
絶対に来てはいけません

理由は、前述の「ポル・ポト」「ヒトラーとナチス」を
ご覧ください
日本が外国人労働者の方々にとっての
ポル・ポト政権下のカンボジアや
アウシュビッツ強制収容所と化すことなど
エビシャコは望んでいません
日本から第二第三のヒトラーを出すことを望んでいません

法律を決定した首相や政党の意思の通りのことが
下の方で行われるとは限りません
ひそかに虐殺が行われても隠ぺいされれば
発覚はかなりの年月が経ってからとなることもあり得ます

また、問題となっても法律に問題がなければ
通ってしまうこともあります

おかしいと思われるかもしれませんが
これが現実です

このような記事を書かねばならなくなるほど
事態が悪化したことは
情けない限りです

外国人労働者の方々
日本には来ないでください
絶対に来てはいけません
少なくとも政治関係者の方々が
自分が下した決定の深刻さや
軽率に決めた事の重大すぎる危うさに気づき
法律を撤回し境遇改善に本気で取り組むようになるまでは

ではまた

 

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